学割で28,670円の切符
平成2年も間近という1989年12月28日水曜日。水戸でN田氏(大阪府在住。1989年3月、北海道旅行で知り合った同い年の大学生)と合流し、鹿島臨海鉄道に乗って今回の旅の出発地、銚子に着いたのは15時前だった。
銚子駅
窓口へ前もって葉書で頼んでおいた片道乗車券を取りに行く。
「すごいですね。作るのに苦労しましたよ」
と言いながら、窓口の係員は切符を差し出した。
学割で28,670円の切符を受け取る。手書きで発行されたものだろうと期待したのだが、機械で発行されたものだった。ちょっとがっかり。一見、普通の切符と同じように見えるからである。
しかし、23日間有効、経由のところを見ると「経由裏面」のゴム印が押されていた。裏には「経由(ボールペン)総武・東海道・(までがゴム印で、あとはボールペンで書かれていた)鶴舞・中央・東北・青森・奥羽・羽越・信越・北陸・高山・東海・山陰・鹿本・久大・日豊・鹿本・豊肥」と三行にわたって経由が書かれていた。やはり「すごい」切符であった。
この経路がタイトルの通り、JRの本線だけを一筆書きで一番長いルートをたどっているのである。
これから乗る予定の列車は17時37分発の282M。まだ時間があるので、銚子電鉄に乗って時間をつぶす。めでたく銚子電鉄を踏破した後、犬吠で途中下車して犬吠崎に沈む夕陽を眺める。
後で考えてみると、この旅で唯一の観光になってしまった。
銚子に戻り、待合室の蕎麦屋で月見そばを食べる。
「『禁煙』は見るけど、『禁酒』は初めてだ」
N田氏に言われて、天井の高くて暗い待合室を見渡した。結構広い。そのうちに赤で「禁酒」の文字が飛び込んできた。私も見るのは初めてである。おもしろいことに、ヨッパライが何やらもめていた。
旅の始まりはあわただしく
ホームでN田氏と「銚子」の駅名をいれて記念撮影。三脚でセッティングしているうちに発車時刻。あわてて乗り込み、あわただしい旅の始まりとなった。先が思いやられる。
ゆっくりと過ぎ去っていくホームの灯を眺めることすら出来なかった。すでに陽が沈んでしまっているので、総武本線の車窓は真っ暗。何も見えないので車内に落ちている新聞や雑誌を見てすごす。
千葉では何も考えないでホームに停車している東京行に乗る。プランで乗る列車の次の列車らしく、予定時刻の5分後に発車した。さすが都市圏の電車。列車の本数が多い。
N田氏は「こんど」「つぎ」「そのつぎ」の関東型の表示は分かりにくい、と言っていた。関西では「先発」「次発」「次々発」となっている。やはり慣れもあるのだろう。
個人的には関西型の方がとてもわかりやすいと思う。「ジジ発」という発音は妙に聞こえるだろうが。
そういえば地元福岡の西鉄は関西型である。
晩酌夜行大垣行
大垣行375Mの発車する東京駅9番ホームは20時過ぎだというのに、すでに各乗車口に十人程度の列ができていた。列の一番後ろに荷物を置いて夕食を済ませ、さらに晩酌の準備をする。発車と同時に乾杯しよう、と決めたからである。品川のコンビニエンスストアでミネラルウオーターを買う。なぜ品川にコンビニがあることを知っていたのかというと、新幹線の車内販売のバイトで品川に宿泊所があり、時々利用していたからである。まさか、アルバイトで知ったコンビニがこんな時に役に立つとは思っても見なかった。
二人とも、今日有効の「青春18きっぷ」を持っているので、品川までの往復の切符を買う必要なし。
ミネラルウオーターを手に東京駅のホームに戻った時はかなりの人だかりであった。
「まもなく、大垣行の電車が入線します。前の人を押さないようにして下さい。また、グリーン車から乗り込んで普通車に行くことはできません…」
こんな放送が入るのは乗客のモラルが低いからか。実に情けない。書く乗車口には混乱を防ぐためか、駅員が配置されていた。
ドアが開いて乗り込む。後ろから押されたために荷物が乗降口に二回も引っかかってしまった。
N田氏が席をキープしてくれたので、別にあわてなかったが、押せば押すほど乗るのに時間がかかってしまい、それだけ座れなくなるだけである。自業自得だと思った。しかしどうしてこんなにマナーが悪いのだろう。
シートに座ってから早速、ウイスキーの水割りを飲む。岩国(銚子へ行く途中に通った)で買ったお茶の容器を水割りのグラスにした。N田氏はキヨスクで買った氷の入ったプラスチックの水割り用グラスである。氷を分けて乾杯。
向かいのホームには臨時の大垣行が入線。あちらは165系か169系か、それとも167系か分からないが、グリーン車を連結していない8両編成である。乗車率はこちらとほぼ同じではないだろうか。
水割りを飲むピッチは互いに早く、発車の時点では半分しか残っていなかった。
通路に立っている乗客は二十人程度。ほとんどが帰宅するサラリーマンである。
同じボックスには三重の実家へ帰省する大学生が二人。
「大学はどちらですか?」
「そうねえ。大阪で言えば○○大のような所だな」
それを聞いていたN田氏はずっこけた。
N田氏の通っている大学だったからである。
お客さん、平塚ですよ
平塚で「湘南ライナー9号」に道を譲る。ごていねいに乗り換えの案内があったが、次の停車駅は終点の小田原である。300円投資して乗り換える乗客はいるだろうか?
「お客さん平塚ですよ。降りんのですか?まだ先ですか?」
じいさまがぶつぶつ言っている。いつまでも座れないので疲れてきたのだろうか。
「年寄りに席を譲らんなんて、ワシも先が長くないのに悲しい事や」
鶴瓶とそっくりの声で聞こえるように呟いている。
「おお、譲ってくれますか。えろ、すんませんな。ほな、おおきに」
誰かが席を譲ったらしい。座ったら座ったで、何やら話しかけているようである。夜行だし、深夜だから静かにしてもらいたい。
ウイスキーのおかげか、そのうちに眠ってしまった。