幹線の証明

 大きく右にカーブして甲府盆地を見おろす。

 甲府の人々は東京へ出るときにどんな思いでこの車窓を見ているのだろうか。逆に帰ってくるときは、「やっと帰ってきた」と大きな安心感に包まれる眺めではないだろうか。

 貨物列車とすれ違う。めったにお目にかかれないと思っていただけに、長い編成を見る度に頼もしく感じる。同時に幹線である事を実感する。

 大月で9分停車して前に4両増結する。結局、立川まで特に増結を必要とするほど乗客は乗ってこなかった。高尾を過ぎるといよいよ東京らしくなってくる。ここからオレンジ色の中央線快速電車が東京までを結んでいるからだ。

 乗車率はそのままで立川に到着。さすが東京、人だらけ。中央線の特別快速に乗る予定だったが、旅行貯金をするために見送る。立川郵便局で平成元年最後の旅行貯金となった。

 13時23分発の普通に乗る。途中で特別快速に抜かれるかな…と思ったが、同じレールの上を走るので、走りながら抜かれることはないだろう。もし、停車中に抜かれるのであれば、そのときに乗りかえよう。そう決めていたが、特別快速に追いつかれる前に神田に着いてしまった。

 

新旧電車の競争

 山手線の車内でも思ったことだが、通勤型の電車に旅のスタイルで乗るのは、違和感がある。しかし、今乗っている山手線の車内には大きな荷物を持った女の子が5、6人乗っていた。上野から長距離列車に乗り換えるかもしれない。上野に向かっている列車なら、違和感を覚えなくてすむ。

 少し先を京浜東北線の電車が走っている。あちらは旧型の103系。こちらは新車の205系。加速もブレーキの性能もこちらが優れているので、何秒かずつ差を縮めている。上野では同時にドアが開いた。

 女の子達もここで下車。上野は通勤客より、帰省客の方が多かった。

 

快速「ラビット」−買い物客と裁縫をする男

 発車まで時間があるので「ホイッスル」(現在はない)をのぞいてみる。JR直営の模型店で、運転台からの眺めを延々と写したビデオの放映をしていた。もしかして友人が来ているかな?昨春ピザをご馳走してくれたJRの職員さんはいるかな?
 …どちらもいなかった。

 快速「ラビット」はほとんど座席が埋まっていた。禁煙車でなおかつモーターのついていない(サハとか、クハという)車両を選んで乗り込む。何とか座ることができた。


快速「ラビット」(上野駅)

 買い物帰りや帰省客を乗せた快速「ラビット」は快調に飛ばす。そろそろ一人でいることに退屈し始めたので、誰か話し相手にふさわしい人がいないだろうか、と見てみたが見当たらない。車窓もしだいに暗くなってきた。向かいのシートに座っている男性は、なぜか裁縫道具を手に繕い物をしている。お土産が入っていると思われる紙袋を持っているので、多分帰省客だと思われる。手馴れた感じで繕い物をしていた。きちんとした姿で故郷に帰るためだろう。しばらく見入っているうちに、眠ってしまった。

 繕い物の男性は、宇都宮あたりで降りていった。 

 

ギリギリセーフの青年

 外は何も見えない。新幹線の通過する音と振動、パンタグラフから出るアークの青白い光ぐらいしか見るものはない。もうどれくらい新幹線に抜かれただろうか。

 変わったことといえば、上野から乗っていた旅行者風の人が、岡本あたりでなぜかホームからギリギリセーフで乗り込んでいた。閉まるドアを両手でこじ開けるようにして、ドアを開けてもらい、なんとか乗せて貰っていた。

 18時02分、定刻に黒磯に到着。


福島行149M(黒磯駅)

 18時28分発の福島行の乗客は、ほとんどが「ラビット」からの乗り継ぎだった。しかし、黒磯で大半の乗客は降りてしまったので、乗り継ぐ人は数える程度しかいない。

 「ラビット」でギリギリセーフを演じた青年は、通路をはさんだ向かいのボックスに座っていた。バッグから鉄道雑誌を取り出して、読みふけっている。やはり、車窓が見えないと退屈なのだろう。

 新白河に到着するとき少し揺れた。待避線に入線したのだろう。後続の特急列車か貨物列車に抜かれるようである。何が通過するのか見るため、ホームに出てみる。すっかり冷え込んで、吐く息が白い。

「北斗星ですか?」

 ギリギリセーフの青年から声をかけられた。

「よく分からないけど、何かに抜かれるようですよ」

 そして二つのライトが接近して、間隔が広がった。ED75型電気機関車を先頭にしたブルートレインが通過。

「『エルム』だ」

 「北斗星」の混雑を緩和するために、B寝台だけの編成で上野〜札幌間を走る臨時列車である。夏はヘッドマークをつけて走っていたが、今回はつけていなかった。

 ホームでの会話がきっかけとなって知り合った、ギリギリセーフの青年は、姫路から来たMKさん(21歳)。「青春18きっぷ」で普通列車を乗り継いで、仙台から臨時急行の「ひたちふるさと」に乗る予定だと、話してくれた。私とコースが全く同じなのである。車内に戻ってから今まで黙っていたのを取り戻すかのように雑談した。 

実話遠距離恋愛

「大きな三脚を持っていたから鉄ちゃんだと思って、鉄道の本を読んだら何か反応があるんじゃないかと…そして新白河でホームに出たから間違いないと思ったんだ」

 お互いに相手をしっかりチェックしていたようである。打ち解けてきたところで、なぜ「ラビット」でギリギリセーフを演じたのか?聞いてみた。

「近くのトイレが『使用中』だったので、かなり後ろの車両のトイレへ行き、帰りにホームを走っていたら、いきなりドアが閉まってしまった」

のだそうだ。そして、あのような結果になってしまったとのこと。

 MK氏は「ひたちふるさと」で青森へ行き、さらに快速「海峡」で函館まで行くという。前回の旅で知り合った高校三年生の女の子に会いに行く途中なのである。手紙や電話でちょくちょくやりとりがあって、さらに彼女の就職先が滋賀県に決定。ヘタな恋愛小説よりはるかにおいしい展開である。どうぞお幸せに。

「ところで、夕食済ませましたか?」

「いや、仙台あたりで食べようと思って」

「それじゃ、福島の焼肉屋はどうですか?」

 今年の(と、いってもほとんど残り少ないが)夏、東北旅行で昼食を取った焼肉屋である。カツ丼(520円)を食べたのだが、この値段で味噌汁、おしんこ、冷や奴までついていたのだ。客席は全て御座敷になっていてくつろげる。そして、焼肉セットがあることも、しっかりチェックしていたのである。時間帯もちょうどいいので、MK氏もすんなりOKしてくれた。

 福島駅から歩いて5分くらいの所に、焼肉屋「カロリー」がある。今回はビールかお酒が選べる焼肉セット(1,550円)を注文する。よく冷えたビールで焼きたての熱い焼肉を流し込む。満腹になり、店を出る頃には二人とも上機嫌だった。

 外はかなり冷え込んでいたが、酔いのせいか、体は暖かい。

 福島駅に戻ると、すでに仙台行591Mは一番ホームに停車していた。しかも黒磯から乗ってきたのと同じ車両である。よく見ると、仙台よりのほうに3両増結して9両編成になっていた。仙台までの回送を兼ねているのだろう。黒磯からお世話になった車両に乗り込む。

 乗客はとても少ない。乗っている車両の乗客は数えてみると、7人だけだった。車内はとても静かだった。話し相手がいなかったらものすごく退屈するだろう。そう思うくらい恐ろしく静寂な世界だった。

センパァ〜イ

 22時52分、仙台に定刻の到着。乗客は最後まで数えるくらいしか乗っていなかった。

「センパァ〜イ」

 背後から不気味な声で近寄ってくる者がいた。M石氏だった。事前にこの旅について話していたので、駅まで迎えに来ていたらしい。

 M石氏は「みなみ東北ワイド周遊券」で東北を旅行していて、今夜は仙台泊まり。駅前のホテルに泊まっているというので、発車までの時間はM石氏の部屋で過ごすことにする。

「今日一日どこにも行かないでパチンコしてました。むちゃくちゃ勝った!」

 などと、自慢話を聞いているうちにホテルに着いた。ものすごく豪華な雰囲気である。シングルで一人8,000円。なんて贅沢なやつなんだ。

 あきれてしまったものの、しっかりシャワーを浴びさせてもらった。そういえば、家を出てから三日目であるが、まだ一度も風呂に入っていない。

 シャワーでさっぱりした後、下着の着替えがないことに気がついた。これではせっかくのシャワーもあまり意味がない。

「先輩はマジメなのに、どうして後輩は不マジメなのだろう」

 MK氏は不思議がっていた。「高校の時の一つ下の後輩」と紹介したが、それだけの関係で、そんなに親しい間柄ではないのだ。

 窓からは仙台駅周辺の夜景が見下ろせる。ちょうど「北斗星5号」が入線するのが見えた。


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