新潟と大阪を結ぶこの列車は、学生時代、北海道旅行の帰りによくお世話になった。当時は「北海道ワイド周遊券」を利用していた。周遊券は急行列車の自由席に乗れるので、急行券を買う必要はない。「青春18きっぷ」は急行列車に乗れない。そのため乗車券も別に買わないといけない。生徒は学割があるから羨ましい。
新潟のみどりの窓口で大阪までの乗車券と急行券を買う。高校生の団体が関西弁で話していた。今日は総合文化祭の最終日。もしかしてこれから「きたぐに」に乗るのだろうか。
反対側のホームからバルブ撮影。
撮影を終えて、車内に戻る。車内は高校の女子生徒数人と、顧問と思われる先生が二人。
「この車両は、座席を引き出すとベッドになるんだ」
と先生が説明していた。この車両(583系という)は昼は座席、夜は寝台になる働き者だった。
「でませんよ」
座席を見ると、鍵が設置されていて、引き出せないようになっていた。自由席では使えないようにしたようだ。
「鍵がついてますよ」
と教えてあげた。
「セコイ!」
女の子の一人が不満そうな声を上げた。寝台券ケチって寝台をセットするほうがセコイではないか。
この女の子の団体は大阪の高校の演劇部ご一行様。新潟の総合文化祭で演劇を見た帰りだそうだ。
座席がほとんど埋まった状態で急行「きたぐに」は新潟を発車。向かいのシートには年輩のサラリーマンが座り、ラジオを聴きながら眠っていた。サラリーマンは車掌から長岡までの切符を買っていた。
女子高生ご一行様は発車してしばらくにぎやかに雑談で盛り上がっていた。女の子特有の黄色い声。しかも関西弁。夜行列車なのにやかましい。
缶ビールも飲んだし、さて寝るか。
「センセ〜」
「なに?」
「どけんふうに話しかけたらよかとですか?」
ご一行様とお話ししたいらしい。
「笑われんかいな…」
「嫌われんかいな…」
「ヘンに思われないだろうか…」
迷うこと一時間。
「じゃ、行ってきます」
「よし、行ってこい!」
何やら話しかけているようだ。
女のコの会話が止まる。
笑い声に包まれる。
うまく打ち解けたようだ。
長岡で向かいのサラリーマンは、寝過ごすことなく降りて行った。入れ替わりに大きな荷物を持った女性が乗ってきた。
新潟県の人はどうして会話を始めるのがうまいのだろう。自然に会話が始まった。東京のOLで直江津に帰省するところだそうだ。仕事を終えて、上越新幹線に飛び乗ったら、「きたぐに」にしか乗れなかったらしい。直江津の実家に到着するのは深夜の2時であるとのこと。
「夜中に帰ってきても、親子の会話で盛り上がるのですか?」
「ビール飲んで、バタン、キューですよ」
直江津に着くまで雑談。直江津の言葉には訛りがなく、標準語とあまり変わらないということを教えてくれた。
ご一行様は相変わらず賑やか。坂口君も村田君も帰ってこない。
金沢からOL二人組みが乗ってきて、向かいのシートに座った。でっかいスーツケースを持っている。
「海外旅行ですか?」
「ええ」
関空まで行き、中国をまわるそうだ。
「きたぐに」を選んだのは飛行機の時刻の関係からである。
列車とすれ違う。
「『きたぐに』だ」
「よくわかりますね」
しかし、列車の見方がちょっと違う。
えらくしみじみとした感じで見ていた。
「もしかして、帰りも『きたぐに』ですか?」
「ええ」
帰りも、飛行機がそうさせたそうだ。
「海外旅行ですか?」
男子高校生が隣に座った。
「他に海外でどこか行ったことありますか?」
「イギリスなら」
「イギリス!いい所ですよね〜」
老人が青春時代を懐かしむような、しみじみとした言い方だった。
しばらくイギリスの話で盛り上がる。和歌山から来たというこの男子高校生、ご一行様と同じく演劇部員。一人、新潟であった総合文化祭の演劇を見てきたのだそうだ。
「先生はどこか海外へ行ったことありますか?」
「アメリカとカナダなら大学三年の時、行ったことがあるなあ」
「『アメリカ!いい所ですよね〜』とか言うんじゃない?」
OLがいたずらっぽく笑いながら聞くと、
「そんなにあちこち行ってませんよ」。
イギリス在住の経験があるためかどうかは知らないが、高校生にしては話し方が落ち着いている。
「えらくしっかりしている」
OLさんと感心していると、
「あまりほめないで下さいよ。いち高校生ですから」
話し込んでいると、東の山と空の境目が赤く染まっていた。
列車は近江路を疾走していた。
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